賃上げ加点で採択を有利にしたのに…“賃上げ未実施”で減点・返還を求められるケースとは
「賃上げ加点を取れば採択されやすくなる」と聞いて賃上げを約束したものの、後になって賃上げ未実施を理由に補助金の返還を求められる──。これは、賃上げが「必須要件」の場合だけでなく、任意の加点要件として取り組んだ場合にも起こり得るリスクです。デジタル化・AI導入補助金の通常枠で賃上げに取り組む事業者は、採択に有利になるというメリットだけでなく、未達時の返還リスクまで理解しておく必要があります。本コラムでは、賃上げ加点の取り方から、約束した賃上げが未達だったときに何が起きるのか(減点・返還)、返還額の決まり方、そして避けるために申請前に確認すべきポイントを、2026年の公募要領をもとに解説します。
賃上げには「加点(任意)」と「要件(必須)」の2つがある|まず自社がどちらか確認する
デジタル化・AI導入補助金の通常枠で「賃上げ」に取り組む立場は、大きく2つに分かれます。
- 賃上げ加点(任意)……義務ではありませんが、計画して従業員に表明すると審査で加点され、交付決定(採択)の可能性が高まります。
- 賃上げ要件(必須)……満たさないと申請できない必須の条件です。次のいずれかに当てはまる事業者に発生します。
- ① 150万円以上(最大450万円)で申請する
- ② 過去にIT導入補助金(2022〜2025)の交付決定を受けている
つまり、150万円未満で申請し、かつ過去にIT導入補助金(2022〜2025)の交付を受けていない事業者にとって、賃上げは義務ではなく「取れば審査で有利になる加点」です。なお150万円以上(最大450万円)の枠は、導入するITツールが4機能以上を備えていることなどの条件もあり該当する申請は多くないため、実際には「150万円未満で賃上げ加点を取って採択を有利にする」ケースがよく見られます。
いずれの立場でも、約束した賃上げは補助事業の後に「計画どおり実行できたか」を国がチェックし、未達の場合は、加点要件として取り組んだ場合であっても補助金返還の対象になる可能性があります。さらに、未達の内容によっては、一定期間ほかの補助金申請で減点されるリスクもあります。採択に有利という表の面だけでなく、約束を守れるかどうかを冷静に見極めることが大切です。
賃上げ加点を取るための2つの条件(150万円未満の場合)
150万円未満で申請する場合、次の2つを計画し、従業員に表明することで賃上げ加点を受けられます。
| 加点の条件 | 満たすべき内容 |
|---|---|
| ① 給与を上げる (1人当たり給与支給総額の 年率平均成長率) |
年率平均成長率を3%以上引き上げる ※IT導入補助金2022〜2025の交付決定を受けた事業者は3.5%以上 |
| ② 最低賃金を上げる (事業場内最低賃金の水準) |
地域別最低賃金+30円以上にすると加点 さらに+50円以上にすると加点が上乗せ |
※ ①の成長率(3%か3.5%か)は「申請額」ではなく「IT導入補助金2022〜2025の利用歴」で決まります。過去にIT導入補助金(2022〜2025)の交付決定を受けた事業者は3.5%以上、利用歴がなければ3%以上です。
※ ②の最低賃金は、たとえば地域別最低賃金が時給1,100円の地域なら、+30円で時給1,130円以上、+50円で時給1,150円以上にする必要があります。
【参考】150万円以上(最大450万円)を申請する場合は、上記の賃上げが「加点」ではなく必須要件になり、最低賃金は+30円以上が必須(+50円以上で加点)です。ただし前述のとおり、この枠の申請は実際には多くありません。
用語の整理と、見落としやすい計算の落とし穴
「1人当たり給与支給総額」とは、給料・賃金・残業代・賞与・各種手当(職務手当・地域手当・家族手当・住宅手当など)の合計を従業員数で割ったものです(役員報酬・法定福利費・退職金などは除きます)。「事業場内最低賃金」とは、その事業所で最も低い時給などの賃金を指します。「年率平均成長率」は、3年間の事業計画期間を通じて平均で毎年どれだけ伸ばすか、という考え方です。
⚠ 計算上の注意:1人当たり給与支給総額は「給料+賞与+各種手当の合計 ÷ 従業員数」で算出します。そのため、賃金水準の低い従業員が新たに入社すると、一人ひとりの賃金を上げていても、自社の1人当たり給与支給総額(平均年収)が下がってしまうことがあります。今後、相対的に賃金の低い人材の採用が見込まれ、自社の平均年収が下がりそうな場合は、無理に賃上げ加点を狙わず、加点を取らない判断も有効です。加点は採択に有利な一方、未達なら後述のペナルティを負うため、自社の採用計画とあわせて慎重に見極めましょう。
賃上げが未達だったときのペナルティ|加点でも「返還」になる可能性がある
補助事業が終わった後、事業者は毎年「効果報告」で賃上げの実績を報告します。ここで約束した賃上げが未達だと、賃上げを任意の「加点」として取った場合であっても、補助金の全部または一部の返還を求められる可能性があります。
- 賃上げを「加点」として取った場合(150万円未満で、IT導入補助金2022〜2025の利用歴がない事業者など)……賃上げ目標が未達となった場合、補助金の返還を求められる可能性があります。加えて、未達の報告から18カ月間、中小企業庁が所管する他の補助金(ものづくり・持続化・事業承継など)の申請で減点されるリスクもあります。
- 賃上げが「必須要件」となる場合(150万円以上で申請する事業者、またはIT導入補助金2022〜2025の利用歴があり給与支給総額の引き上げが必須となる事業者)……未達の場合、補助金そのものの返還を求められることがあります。
つまり、賃上げについては「加点だから未達でも減点だけで済む」と考えるのは危険です。以下では、返還の対象となるケースと返還額の決まり方を見ていきます。公募要領では、返還の対象が大きく2つに分けて示されています。
ケース1:事業場内最低賃金の引き上げ目標が未達のとき
申請時に立てた「事業場内最低賃金を地域別最低賃金+30円以上にする」という目標が達成できなかった場合、補助金額の全部または一部の返還を求められます。返還額は、未達となったタイミングによって次のように決まります。
| 未達となったタイミング | 返還の割合 |
|---|---|
| 1年目で未達 | 補助金額の全額(3/3) |
| 2年目で未達 | 補助金額の2/3 |
| 3年目で未達 | 補助金額の1/3 |
つまり、計画期間(3年)のうち早い段階で未達になるほど返還額が大きくなる仕組みです。たとえば補助金450万円を受け取り、1年目で最低賃金の目標を達成できなかった場合、全額の450万円が返還対象になり得ます。
ケース2:1人当たり給与支給総額の引き上げ目標が未達のとき
1人当たり給与支給総額(賞与を含む全従業員)の年率平均成長率が目標(3%、IT導入補助金2022〜2025の交付決定を受けた事業者は3.5%)に届かなかった場合、補助金の全額の返還を求められる場合があります。
ここで重要なのが判定のタイミングです。最低賃金(ケース1)が毎年の効果報告で判定されるのに対し、給与支給総額の達成・未達成は「事業計画期間の終了時点」=3年度目の効果報告で判定されます(公募要領にも「事業計画終了時点の3年度目に達成/未達成を判断する」と明記されています)。3年間トータルの年率平均成長率で評価されるため、途中の年度で多少ブレても、最終的に目標を満たせば返還の対象にはなりません。
※ 3年度目の効果報告が具体的にいつになるかは、各社の決算期と交付決定の時期によって異なります(交付申請時点の翌事業年度から3年間の事業計画期間が対象)。自社のスケジュールは申請前に必ず確認しておきましょう。
ただし「未達=必ず返還」ではない|返還を求められない例外
ここが多くの経営者が見落としがちなポイントです。賃上げが計画どおりにいかなかったとしても、一定の条件を満たせば返還を求められません。公募要領では、以下のような場合に返還が免除されると定められています。
- 付加価値額が伸びなかった場合:付加価値額の年率平均成長率が一定基準(最低賃金のケースでは1.5%)に達しないなど、企業努力をしても利益が伸びなかった場合
- 事業者の責めに帰さない理由がある場合:天災など、事業者の責任とはいえないやむを得ない事情があった場合
※「付加価値額」とは、営業利益+人件費+減価償却費で計算される金額です。会社が新たに生み出した価値を表す指標で、賃上げの原資があったかどうかを判断する材料になります。
言い換えると、制度の趣旨は「利益が出ているのに賃上げをしなかった会社」に返還を求めるものであり、業績が苦しい中で誠実に取り組んだ会社まで一律にペナルティを課す制度ではないということです。
返還を避けるために、申請前に確認すべき3つのこと
賃上げ加点は採択を有利にできる魅力的な選択肢ですが、その分だけ「約束を守れるか」を冷静に見極める必要があります。申請前に、最低限この3点を確認しておきましょう。
- 3年間、本当に賃上げを続けられるかを試算する
一時的な賃上げではなく、計画期間を通じた年率平均で評価されます。加点として取り組む場合でも未達時には返還リスクがあるため、賞与を含む全従業員ベースで、無理のない水準かを確認します。 - 事業場内最低賃金(最も低い時給)の現状を把握する
賃上げ加点を取る場合、地域別最低賃金+30円以上(+50円以上でさらに加点)が基準です。パートやアルバイトを含め、最も低い賃金の人がいくらかを確認します。 - 「加点を取るか」を採用計画とあわせて判断する
加点は採択に有利ですが、未達なら補助金返還や減点などのペナルティを負う可能性があります。賃金の低い人材の採用予定なども踏まえ、「確実に守れる範囲で加点を取る/無理なら取らない」を見極めることが、結果的にリスクを抑えます。
まとめ
デジタル化・AI導入補助金の通常枠では、賃上げを約束することで採択されやすくなり(加点)、より高い補助金額も狙えますが、その約束が未達になるとペナルティ(減点・返還)が生じます。ポイントを整理します。
- 賃上げには「加点(任意・取れば審査で有利)」と「要件(必須)」の2つがある。要件(必須)になるのは①150万円以上で申請する、②過去にIT導入補助金(2022〜2025)の交付を受けている場合で、それ以外は任意の加点
- 150万円未満の賃上げ加点は、「①給与支給総額の年率平均成長率(3%/IT導入補助金2022〜2025の利用歴ありは3.5%)」と「②事業場内最低賃金+30円以上(+50円でさらに加点)」の2条件
- 未達のペナルティは、加点か必須要件かを問わず補助金返還の可能性がある。さらに、加点として取り組んだ場合でも、未達の内容によっては他補助金の申請で18カ月の減点を受けるリスクがある
- 返還には「事業場内最低賃金の未達」と「1人当たり給与支給総額の未達」の2つのケースがあり、最低賃金は毎年、給与支給総額は3年度目(事業計画終了時点)の効果報告で判定される
- 最低賃金の未達では、未達のタイミングが早いほど返還額が大きくなる(最大で全額)
- ただし、付加価値額が伸びない場合や天災などやむを得ない事情では返還を求められない
- 大切なのは「加点や上限を欲張る」ことより「確実に守れる計画で取り組む」こと
賃上げ加点は、制度を正しく理解して申請すれば、過度に恐れる必要はありません。一方で、要件を曖昧なまま加点や上限を狙うと、加点として取り組んだ場合であっても、思わぬ補助金返還・減点リスクを抱えることになります。
賃上げ加点と減点・返還リスクの確認は、アクセルパートナーズへ
「うちの規模で賃上げ加点を取れるか不安」「加点を取るべきか、取らない方がよいかわからない」という場合は、申請前の試算が何より大切です。アクセルパートナーズでは、経営目線で、加点を取るメリットと賃上げ計画のバランスを一緒に確認します。
「申請を考えているが、どこまで申請事業者のサポートが必要かわからない」「公募要領の把握がしきれない」という方は、ぜひアクセルパートナーズにご相談ください。認定経営革新等支援機関として、補助金の申請から受給後のフォローまでトータルでサポートします。


