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【サイバーセキュリティ】ノルマと魔が差す瞬間|会社が社員を守るためのセキュリティ対策の考え方
  


鴨居 陽介
編集: 鴨居 陽介
アクセルパートナーズ 取締役・中小企業診断士

国内Sier企業でシステムエンジニア、PM、研修講師、法人営業を経験。 人と組織の成長を支えるマネジメントに携わる。2023年 中小企業診断士登録。2025年 アクセルパートナーズの理念や行動指針に強く共感し、取締役として参画。

この記事でわかること

  • 激しいノルマ・プレッシャー下で「魔が差す」人間の心理メカニズム
  • 職種・業種別に起きやすい内部不正パターンの具体例
  • 会社が社員を守るための経営者の責任と、セキュリティ対策が果たす役割

「まさか、あの真面目な社員が」。内部不正が発覚したとき、経営者や同僚は必ずこう口にします。

しかし実際には、内部不正を起こす社員の多くは、「もともと悪い人間」ではありません。長期間にわたる達成不能なノルマ、強烈な精神的プレッシャー、上司への報告をためらわせる職場の空気——そういった状況が重なったとき、普通の人間でも「魔が差す」ことがあります。

この記事では、なぜプレッシャーが人間の判断力を奪うのか、そして会社が社員を守るために何をすべきかを、サイバーセキュリティ対策の観点から解説します。

1. 「魔が差す」とはどういうことか——心理的メカニズム

追い詰められると人間の思考は変わる

「魔が差す」という表現は、日本語特有の感覚を表しています。人間が強いプレッシャーにさらされると、脳は「今の危機を乗り越えること」を最優先にします。この状態では、「長期的な結果(発覚・処罰)」よりも「短期的な解決」を優先する思考に切り替わることがあります。

この心理的プロセスは、犯罪学の「不正のトライアングル理論」(Donald R. Cressey、1953年)でも説明されています。不正は以下の3要素が揃ったときに発生します。

  • 動機・プレッシャー:達成不能なノルマ、職を失う恐怖、個人的な経済的困難
  • 機会:チェック機能がない経理業務、無制限のデータアクセス、ログが残らない環境
  • 正当化:「少しの間だけ」「会社に搾取されているから当然」「あとで補填すれば問題ない」

特に注目すべきは、真面目で責任感の強い人ほど「動機・プレッシャー」を一人で抱え込むという傾向です。「相談できない」「弱音を吐けない」という状況が、追い詰められた末の不正への道を開いてしまいます。

2. 職種・業種別の内部不正パターン

誰が、どんな状況で不正をするのか

内部不正は特定の「悪い人間」が起こすのではなく、業務の構造上「機会」が生まれやすい職種・業種で発生しやすい傾向があります。

職種・業種 起きやすい不正の種類 背景にあるプレッシャー
経理・財務担当 会計記録の改ざん、着服・横領、経費の不正計上 決算数値への強いプレッシャー、1人担当で牽制がきかない
営業担当 顧客データ・商談情報の持ち出し(退職前後) 達成不能なノルマ、転職・独立への焦り
IT・システム担当 システムへの不正アクセス、データの不正削除・改ざん 高い権限を持ちながら評価されないことへの不満
医療・介護 患者情報の持ち出し・外部流出 業務過多による注意力低下、意図しない誤操作も
製造業 技術情報・設計データの持ち出し(競合への転職時) 賃金・処遇への不満、転職先企業からの要求

出典:IPA(情報処理推進機構)「組織における内部不正防止ガイドライン 第5版」(2022年)
https://www.ipa.go.jp/security/guide/insider.html

3. 会社が社員を守る責任とは何か

「信頼」だけでは社員を守れない

多くの中小企業の経営者は「うちの社員は信頼できる」という思いを持っています。それは素晴らしいことですが、信頼だけでは、追い詰められた社員を守ることはできません

会社が社員を守るとは、以下の2つの意味を持ちます。

  1. 社員が「魔が差す」状況に追い込まれないようにすること:過大なプレッシャーを与えず、相談できる環境を作る
  2. たとえ追い詰められても、不正ができない環境を作ること:機会そのものをIT・仕組みで取り除く

特に重要なのが2点目です。「社員を信じているから何も制限しない」という姿勢は、結果として「不正をしたくなったとき、できてしまう環境を放置している」ことにほかなりません。

4. セキュリティ対策が「社員を守る仕組み」になる

不正の「機会」を取り除くことが最も確実な予防策

不正のトライアングルの3要素のうち、ITの仕組みで最も確実にコントロールできるのが「機会」です。以下の対策が、職種別の内部不正リスクを減らします。

  • アクセス権限の最小化:担当外のデータに触れられない環境を作る(経理・営業・IT担当それぞれで設定)
  • 操作ログの記録と保管:「誰がいつどのデータを操作したか」の記録が抑止力になる
  • USB・外部転送の制限:データの物理的な持ち出しを技術的に制御する
  • 退職者アカウントの即時無効化:退職当日にすべてのアカウントを失効させるルールを設ける
  • 重要業務の複数人承認制:1人で完結できる不正を構造的に不可能にする

これらの対策は、「社員を疑っているから」ではなく、「社員が間違いを犯しにくい環境を整えるため」というメッセージとともに導入することが重要です。

「見られている」という意識が最大の抑止力

心理学的に、人間は「観察されている」と感じると、誠実な行動をとりやすくなります。操作ログが記録されているという事実、アクセス権限が設定されているという環境は、それ自体が「魔が差す」状況を防ぐ強力な抑止力です。セキュリティ対策は、社員の善意と誠実さを仕組みで支えるものと位置づけられます。

5. よくある質問(FAQ)

Q1. ノルマや目標を下げないと、社員の不正は防げないのでしょうか?

ノルマや目標の適正化は重要な施策ですが、それだけでは十分ではありません。どれほど合理的な目標であっても、個人的な経済的困難や職場での孤立など、外部要因によって「動機・プレッシャー」は生じます。「機会をなくす」IT対策と、「相談できる職場環境の整備」の両方を組み合わせることが現実的です。

Q2. 経理を1人で担当しており、複数承認制が難しいです。どうすればよいですか?

少人数でも、「一定金額以上の支払いは経営者が承認する」という仕組みから始められます。また、会計ソフトのログが自動で記録される設定にするだけでも、抑止力として機能します。完璧なシステムを一度に作る必要はなく、できる範囲から段階的に整備することを推奨します。

Q3. 退職が決まった社員への対応が気まずいです。どうすればよいですか?

「退職者のアカウントを即日無効化するルールがある」という社内規程を、採用時点から全社員に周知しておくことが最善策です。個人への対応ではなく「会社のルール」として運用することで、気まずさを軽減できます。IPAのガイドラインでも、この手順の事前周知が推奨されています。

Q4. 社員がプレッシャーを感じていることに気づく方法はありますか?

定期的な1on1面談や、匿名で相談できる窓口の設置が有効です。また、業務システムのログから「深夜・休日の異常なアクセス」「大量のデータダウンロード」などの変化を検知することで、プレッシャーのサインに気づけることもあります。

まとめ:仕組みで守ることが、真の「信頼」

激しいノルマや強いプレッシャーの下では、どんなに誠実な社員でも「魔が差す」瞬間が生まれることがあります。これは人間の弱さの問題であり、特定の「悪い社員」の問題ではありません。

  • 「動機・プレッシャー」「機会」「正当化」の3要素が揃ったとき、不正は起きる
  • IT対策で「機会」を取り除くことが、内部不正防止の最も確実な手段
  • ログ管理・アクセス制限・複数承認制は「社員を疑う」のではなく「守る」仕組み
  • 「見られている」という環境そのものが、社員の行動を正しい方向に保つ

会社が社員を守るとは、信頼するだけでなく、信頼できる環境を仕組みで整えることです。それがセキュリティ対策の、見落とされがちな大切な意味です。

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参考・出典

本コラムの内容は2026年5月時点の情報に基づきます。制度・要件等は変更される場合がありますので、最新情報は各機関の公式サイトまたは当社へご確認ください。

鴨居 陽介
編集: 鴨居 陽介
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