中小企業省力化投資補助金の「賃上げ要件」をわかりやすく解説─採択後3〜5年を左右する落とし穴と返還リスク【一般型・カタログ型対応】
「補助金は採択されて終わり」ではない、というリアル
省力化投資補助金のご相談を受けていて、いちばん最初にお伝えしているのが「この補助金は、採択された瞬間がゴールではなく、そこから3〜5年のスタートラインに立つ制度です」ということです。
理由は明確で、この補助金には賃上げ要件が組み込まれているからです。設備を入れて省力化し、生み出した余力で賃金を上げる。この一連の流れを事業計画書に落とし込み、達成できなければ補助金の一部(場合によっては全額)を返還する仕組みになっています。
支援の現場では、「補助率が上がるなら特例を使いたい」というお声を数多くいただきます。しかし、上限や補助率を引き上げる特例ほど、後年の賃上げ義務が重くなります。目先の交付額だけを見て特例に飛びつくと、数年後に返還の連絡が来る―これは、賃上げ要件を正確に理解しないまま申請した企業が陥りがちな、最もリアルな失敗です。
本コラムでは、公募要領を一次情報として、賃上げ要件を経営目線で整理します。
まず押さえるポイント:省力化補助金には「2つの型」がある
省力化投資補助金は、大きく次の2つに分かれます。賃上げ要件の重さがまったく異なるため、ここを混同すると計画そのものが崩れます。
●カタログ注文型:国が省力化効果を認めた汎用製品をカタログから選ぶ、簡易・迅速な型。
●一般型:オーダーメイド設備(事業者専用に設計された機械・システム)を導入する、審査項目の多い型。
結論から言えば、賃上げの縛りは一般型のほうが強いです。順に見ていきましょう。
【一般型】賃上げ要件は3本柱+αすべてが必須
一般型では、3〜5年の事業計画期間について、次の要件をすべて満たす計画を立て、採択後はそれに取り組む義務があります。
① 労働生産性を年平均成長率(CAGR)+4.0%以上
労働生産性は「付加価値額 ÷ 労働者数」で計算します。
●付加価値額=営業利益+人件費+減価償却費
●労働者数=従業員数+役員数(個人事業主は事業主・専従者を含む)
つまり、賃金(人件費)を増やすと付加価値額も増える構造なので、「賃上げ」と「生産性向上」は同じ方向を向いています。ここを理解して計画を組むと、数値の整合が取りやすくなります。
② 1人当たり給与支給総額を年平均成長率+3.5%以上
この+3.5%は、日本銀行の「物価安定の目標」(2.0%)+1.5%という考え方に基づく水準です。事業者様自身がこれ以上の目標値を設定し、交付申請までに全従業員(または従業員代表者)・役員へ表明したうえで、最終年度に達成することが求められます。
③ 事業場内最低賃金を「地域別最低賃金+30円以上」に(毎年)
事業場内で最も低い賃金を、事業実施都道府県の地域別最低賃金+30円以上の水準に、毎年保つ必要があります。
ここが実務で最も見落とされます。地域別最低賃金そのものが毎年上がるため、「+30円」は年々ハードルが上がる動く的なのです。たとえば東京都は令和7年度に時間額1,226円(前年比+63円)へ改定されました。この場合、事業場内最低賃金は1,256円以上が必要になります。翌年さらに最低賃金が上がれば、その分も追いかけなければなりません。
④ 一般事業主行動計画の公表(従業員21名以上のみ)
従業員21名以上の場合、交付申請時までに次世代育成支援対策推進法に基づく行動計画を「両立支援のひろば」に公表する必要があります。掲載には2週間程度かかるため、早めの準備が鉄則です。
見落としやすい定義の罠:一般型は賞与を含む、カタログ型は含まない
賃上げ要件で最も事故が起きやすいのが、「給与支給総額」に何を含めるかです。実はここが、一般型とカタログ型で決定的に違います。
●一般型の「1人当たり給与支給総額」
給料・賃金・賞与・各種手当(残業・休日出勤・職務・地域・家族(扶養)・住宅手当)など、給与所得として課税対象となるものが対象。役員報酬・福利厚生費・法定福利費・退職金は除く。
→ 賞与を含む
●カタログ型の「給与支給総額」(上限引き上げ時)
所定内給与のみ。賞与・福利厚生費・法定福利費・退職金は含まず、役員報酬も含まない。
→ 賞与を含まない
つまり同じ「給与支給総額」という言葉でも、含む範囲が逆になっています。ここを取り違えたまま計画値を積み上げると、達成できるはずだった目標が机上で未達になる、あるいは逆に達成困難な計画を立ててしまう。支援に入るとき、私が最初に電卓を叩き直すのがこの一点です。
特例を使うと上限・補助率UP。ただし要件も重くなる
一般型には、賃上げに踏み込むことで交付条件が有利になる2つの特例があります。魅力的ですが、後年の義務とセットで判断してください。
①大幅賃上げ特例(補助上限額の引き上げ)
基本要件の「1人当たり給与支給総額+3.5%」に、さらに+2.5%以上を上乗せ(合計+6.0%以上)、かつ事業場内最低賃金を地域別最低賃金+50円以上にすることが条件です。東京都の例なら、1,226円+50円=1,276円以上が必要になります。
これを満たすと、従業員規模に応じて補助上限額が引き上げられます(例:5人以下は+250万円、6〜20人は+500万円、21〜50人は+1,000万円、51〜100人は+1,500万円、101人以上は+2,000万円)。
ただし、上限を引き上げた分だけ後年のリスクも大きくなります。この特例で上乗せを受けたうえで、「給与支給総額+6.0%以上」「事業場内最低賃金+50円以上」のいずれか一方でも未達となった場合は、引き上げた上乗せ分(各申請枠の従業員規模区分別の上限額との差額)が返還対象になります。つまり「+2,000万円」の上乗せは、達成できなければそのまま「+2,000万円の返還リスク」に変わります。
②最低賃金引き上げ特例(補助率の引き上げ)
中小企業の補助率が1/2 → 2/3に上がります。条件は、2024年10月〜2025年9月の期間で「その時点の地域別最低賃金以上〜2025年度改定後の最低賃金未満」で雇用していた従業員が全体の30%以上である月が3か月以上あること。低賃金層の比率が高い企業ほど恩恵が大きい設計です。なお、小規模企業者・小規模事業者や常勤従業員がいない場合などは適用できません。
【カタログ型】賃上げは必須ではなく、上限引き上げの任意要件
一方のカタログ注文型は、必須の基本要件は「労働生産性CAGR+3.0%以上」のみ。この+3.0%は初回・2回目以降を問わず共通で、申請回数で数値が引き上がるわけではありません。賃上げ(事業場内最低賃金+3.0%以上かつ給与支給総額+6.0%以上)は、補助上限額を引き上げたい場合の任意要件という位置づけです。
ただし、2回目以降の申請には別の追加ハードルがある点に注意してください。前回の補助事業で省力化効果が出ていること(効果報告)に加え、前回の交付申請時と比べて事業場内最低賃金を+3.5%以上(前回から2年以上経過なら+7.0%以上、3年以上なら+10.5%以上)引き上げていることが求められます。つまりリピート申請では、賃上げが実質的に避けて通れない要件になります。
「賃上げが必須の一般型」「労働生産性が必須で、賃上げは初回なら任意(ただし2回目以降は実質必須化)のカタログ型」─この構造の違いを理解しておくと、自社にどちらが向くかの判断が一気にクリアになります。
未達だとどうなる?─返還の考え方と免除規定
要件を満たせなかった場合、一般型では次のように返還を求められます。
●1人当たり給与支給総額(+3.5%)未達:達成率に応じて返還。年平均成長率が0またはマイナスなら全額返還。
●事業場内最低賃金の引き上げ未達:補助金額を事業計画年数で割った額を返還。
ただし、見落としてはいけない免除規定があります。「付加価値額が増加しておらず、かつ企業全体として(給与総額の場合は事業計画期間の過半数、最低賃金の場合は当該年度の)営業利益が赤字」といった、事業者の責めに帰さない事情がある場合などは、返還を求められません。天災等も同様です。また、再生事業者は基本要件未達の返還が免除されます。
「未達=即・全額返還」ではないものの、免除は限定的です。だからこそ、達成できる水準で計画を組むことが本質的な防衛策になります。
現場で本当に多い3つの誤解とは
①「一度+30円を超えればOK」という誤解
実際は毎年、しかも上がり続ける最低賃金を追いかけ続ける必要があります。中期の人件費シミュレーションを最初に作るのが鉄則です。
②「賞与を入れれば給与支給総額はすぐ達成できる」という誤解
これが通用するのは一般型だけ。カタログ型は所定内給与のみです。型を取り違えた計算は事故のもとです。
③「補助率2/3・上限アップは全員が使える」という誤解
特例には適用条件があり、後年の賃上げ義務も重くなります。目先の交付額ではなく、3〜5年のキャッシュフローで判断すべきです。
まとめ:賃上げ要件は「経営計画そのもの」
省力化投資補助金の賃上げ要件は、単なる申請書の記入項目ではありません。「省力化 → 生産性向上 → 賃上げ」を数年かけて実現する経営計画そのものです。ここを外すと、採択後に返還という形で跳ね返ってきます。
●一般型:労働生産性+4.0%・給与支給総額+3.5%・最低賃金+30円がすべて必須(賞与を含む)
●カタログ型:労働生産性+3.0%が必須、賃上げは上限引き上げの任意要件(賞与を含まない)
●特例は有利だが、後年の義務も増える。未達時の免除は限定的。
「自社は一般型とカタログ型のどちらが向くのか」「賃上げ計画は本当に達成できる水準か」─ここに少しでも不安があれば、申請前の段階でぜひ一度ご相談ください。計画の実現可能性を、数字とオペレーションの両面から一緒に検証します。
※本コラムは公表資料(中小企業省力化投資補助事業 一般型 第7回公募要領/カタログ注文型 公募要領)および厚生労働省・東京労働局公表の令和7年度地域別最低賃金をもとに、2026年7月時点の情報で作成しています。制度は改定される場合があるため、申請時は必ず最新の公募要領をご確認ください。







