製造業のためのカーボンクレジット入門:脱炭素化をチャンスに変える方法

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大久保 克彦
 編集:大久保 克彦
 

1. はじめに:製造業における脱炭素化の背景

近年、「脱炭素」という言葉をよく耳にするようになりました。特に大手企業や外資系企業を中心に、環境への配慮を重視する動きが加速しています。これは、企業の環境への取り組みが、投資家や消費者からの評価を大きく左右する時代になったことを意味します。

日本政府も2050年カーボンニュートラル実現に向けて、サプライチェーン全体での排出量削減を強く推奨しており、製造業にとっても脱炭素化は避けて通れない課題となています。脱炭素化への取り組みが不十分な場合、取引停止や取引規模縮小といったビジネスリスクが生じる可能性も指摘されています。

そこで注目されているのが「カーボンクレジット」です。カーボンクレジットとは、CO2などの温室効果ガスの排出削減量を取引できる仕組みで、脱炭素化を進める上で重要な役割を果たします。この記事では、製造業が脱炭素に取り組むべき理由から、カーボンクレジットの基本まで、わかりやすく解説していきます。

2. なぜ今、製造業は脱炭素化に取り組むべきなのか?3つの理由

脱炭素化は、環境問題への貢献という側面はもちろんですが、製造業が脱炭素に取り組む理由は、ビジネス上のリスクと機会に直結しています。

  • 法規制の強化
    世界的に炭素税や排出量取引制度の導入が進んでおり、日本でもGX-ETS(排出量取引制度)の本格稼働が予定されています**(※1)**。これらの規制に対応できない場合、コスト増加や事業活動の制限につながる可能性があります。
  • 投資家や顧客からの圧力
    ESG(環境・社会・ガバナンス)投資が拡大し**(※2)**、投資家は企業の環境への取り組みを厳しく評価しています。また、環境意識の高い顧客は、脱炭素に取り組む企業の製品やサービスを選ぶ傾向が強まっています。脱炭素への取り組みは、資金調達や市場での競争力維持に不可欠と言えるでしょう。
  • サプライチェーン全体の要請
    大手企業を中心に、サプライヤーに対してもCO2排出量の削減目標設定や情報開示を求める動きが広がっています。自社の取り組みが遅れると、サプライチェーンから排除されるリスクも。逆に、積極的に取り組むことで、取引先との連携強化や新たなビジネスチャンスにつながる可能性もあります。

これらの要因から、脱炭素は単なるコストではなく、将来の成長に向けた重要な経営課題と捉える必要があります。

3. 製造業が脱炭素化で得られる3つのメリット

脱炭素への取り組みは、コストや規制対応という側面だけでなく、以下のようなメリットも期待できます。

  • コスト削減
    省エネルギー設備の導入や生産プロセスの改善により、エネルギー消費量が減少し、光熱費や燃料費の削減につながります。
  • ブランドイメージ向上
    環境問題に積極的に取り組む姿勢は、社会的な評価を高め、顧客や従業員からの信頼獲得に貢献します。これは、製品の付加価値向上や優秀な人材の獲得にも寄与するでしょう。
  • 技術革新の促進
    脱炭素目標の達成を目指す中で、新たな省エネ技術や再生可能エネルギー活用技術の開発・導入が促進され、企業の技術力向上や新たな競争優位性の確立につながります。

4. 製造業の脱炭素化における3つの課題

一方で、脱炭素を進める上では、以下のような課題も考慮する必要があります。

  • 導入コスト
    省エネ設備や再生可能エネルギー設備の導入には、多額の初期投資が必要となることがあります。特に中小企業にとっては、資金調達が大きな課題となる場合があります。
  • 技術的な課題
    新しい技術の導入には、専門知識やノウハウが不可欠です。また、運用体制の構築や、既存の生産プロセスとの整合性を取る必要もあります。
  • 効果測定の難しさ
    排出削減量を正確に算定し、その効果を測定するには、専門的な知識や計測体制が求められます。

これらの課題を事前に理解し、計画的に対策を進めることが重要です。

5. カーボンクレジットとは?製造業が知っておくべき基本を解説

カーボンクレジットとは、簡単に言うと、温室効果ガス(主にCO2)の排出削減量や吸収量を「見える化」し、売買可能な「価値」として証明するものです**(※3)**。

 

基本的な仕組みは以下の4ステップです。

  1. 創出: 企業や団体が、省エネ活動、再生可能エネルギー導入、森林管理などによって、温室効果ガスの排出削減・吸収プロジェクトを実施します。
  2. 認証・発行: 第三者機関がその削減・吸収量を審査・検証し、認証されると、量に応じたカーボンクレジットが発行されます。
  3. 取引: 発行されたクレジットは、市場を通じて、排出量を削減したい他の企業などに売却されます。
  4. 活用(償却/無効化): クレジットを購入した企業は、自社の努力では削減しきれない排出量を相殺(オフセット)するために、このクレジットを使用(償却/無効化)します。一度使用されたクレジットは再利用できません。

製造業にとっては、カーボンクレジットは**「自社の排出削減努力を補完する手段」として、あるいは「自社の削減活動でクレジットを創出し、新たな収益源とする手段」**としての可能性があります。

6. 製造業が知っておくべき3つのカーボンクレジットの種類

カーボンクレジットには、その成り立ちや認証基準によっていくつかの種類があります。ここでは製造業に関わりの深い代表的なものを3つ紹介します。

  • J-クレジット制度
    日本国内での排出削減・吸収量を国が認証する制度です**(※4)**。省エネ設備の導入、再生可能エネルギーの利用、適切な森林管理などが対象となります。

    • 特徴: 国内での認知度・信頼性が高く、日本の製造業にとって活用しやすい。
    • 用途: カーボン・オフセット、省エネ法・温対法報告、補助金申請要件、企業評価など多岐にわたる。
  • 二国間クレジット制度(JCM)
    日本がパートナー国(主に途上国)と協力し、優れた脱炭素技術の提供等で実現した排出削減・吸収量を、両国で分け合う制度です**(※5)**。

    • 特徴: パートナー国に拠点を有する製造業などが、現地での貢献を通じてクレジットを獲得できる可能性がある。
  • ボランタリークレジット
    国際的な民間基準に基づいて認証・発行されるクレジット。代表的な基準にVCS(Verified Carbon Standard)やGold Standardがあります。

    • 特徴: 再エネ導入、省エネ、森林保全など多様なプロジェクトがある。国際的なサプライチェーンを持つ企業や、海外投資家・顧客へのアピールを重視する場合に有効。
項目 J-クレジット JCM ボランタリークレジット
特徴 国内の排出削減・吸収を認証 パートナー国と協力して削減・吸収量を分配 民間基準に基づく認証・発行
対象 省エネ、再エネ、森林管理など パートナー国での脱炭素技術提供 再エネ、省エネ、森林保全など多様
メリット 国内で信頼性が高い、多様な用途 パートナー国での貢献、技術移転 国際的な認知度、多様な選択肢
デメリット 海外での利用は限定的 パートナー国との関係構築が必要 基準により信頼性にばらつき

 

どの種類のクレジットを選ぶかは、企業の目的(国内報告、国際目標達成、サプライチェーン対応など)、対象排出量(Scope1, 2+, 3)、コスト、信頼性などを総合的に考慮して決定することが重要です。

7. カーボンクレジット市場の動向と将来展望

カーボンクレジット市場は、世界的な脱炭素化の流れを受けて急速に拡大しています。主な動向と将来展望を見てみましょう。

  • 市場規模の拡大: 特にボランタリークレジット市場は、企業のカーボンニュートラル目標設定の増加に伴い、取引量・金額ともに大きく成長。日本国内でもJ-クレジットの取引が活発化しています**(※6)**。
  • 価格の変動: クレジットの種類(プロジェクト、認証基準、創出年など)や市場の需給バランスによって価格は大きく変動します。「質の高い」クレジットへの需要が高まる傾向が見られます。
  • 国際ルールの整備: パリ協定第6条に基づき、国境を越えたクレジット取引に関する国際的なルール作りが進行中**(※7)**。これにより、市場の透明性や信頼性の向上が期待されます。
  • 多様化する活用目的: 単なる排出量オフセットだけでなく、サプライチェーン管理、製品の差別化、資金調達(サステナビリティ・リンク・ローン等)といった、より戦略的な活用が増えています。

将来的には、企業の排出削減義務の強化や、より広範な主体の市場参加などにより、カーボンクレジット市場の重要性はさらに増していくと予想されます。製造業としても、市場動向を常に把握し、戦略的な活用を検討することが求められます。

8. 製造業者がカーボンクレジットを活用する際の注意点

カーボンクレジットは有効なツールですが、活用する際には以下の点に注意しましょう。

  • クレジットの品質と信頼性を最重視する
    クレジットが信頼できる排出削減・吸収活動から生まれたかを確認することが最も重要です。以下の点などをチェックしましょう。

    • 追加性: クレジットがなくても実施されたであろう活動ではないか?
    • 永続性: 削減・吸収効果は長期にわたるか?
    • 測定・検証: 削減・吸収量は適切に測定・検証されているか?
    • 二重計上防止: 他の目的でカウントされていないか?
    • 認証基準: 信頼できる基準(J-クレジット, VCS, Gold Standardなど)か?(※8)
      安価でも品質の低いクレジットは、企業の評判を損なう「グリーンウォッシュ」批判のリスクがあります。
  • 自社の排出削減努力を最優先する
    カーボンクレジットは、あくまで自社の削減努力を補完する手段です。省エネ、再エネ導入、プロセス改善など、自社でできる最大限の排出削減に取り組むことが大前提です。
  • 価格変動リスクを認識する
    クレジット価格は変動します。購入計画時には価格変動リスクを考慮し、長期契約や複数からの調達なども検討しましょう。
  • 活用目的を明確にし、情報収集を怠らない
    なぜクレジットを使うのか(法令遵守、自主目標達成、PRなど)を明確にし、目的に合った種類を選びましょう。市場動向や制度は変化するため、専門家への相談や継続的な情報収集が不可欠です。

9. まとめ:脱炭素化とカーボンクレジットで、製造業の持続可能な未来を築く

製造業にとって、脱炭素化は避けて通れない経営課題であると同時に、新たな成長の機会でもあります。省エネルギー化や再生可能エネルギーの導入といった自社での削減努力を第一に進めながら、カーボンクレジットを戦略的に活用することで、排出削減目標の達成を後押しできます。

カーボンクレジットは、使い方次第でコスト削減、ブランドイメージ向上、サプライチェーンでの競争力維持にも貢献しうる有効なツールです。ただし、活用にあたっては**「品質の見極め」と「自社努力優先」**;の姿勢が何よりも重要です。

この記事が、カーボンクレジットへの理解を深め、貴社の状況に合わせた最適な脱炭素戦略を検討する一助となれば幸いです。持続可能な未来に向けて、共にこの課題に取り組んでいきましょう。

参考文献・サイト

大久保 克彦
 編集:大久保 克彦