買収後の利益が消える?のれん償却とPPAが招く想定外の負担

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下木原 誠
 編集:下木原 誠
 公認会計士、税理士、中小企業診断士、社会保険労務士、応用情報技術者

私はこれまでIT系事業会社の経理として連結決算や単体決算、コンサルティングファームのコンサルタントとして会計アドバイザリー、公認会計士として金商法・会社法監査といった、会計に関わる業務に従事してきました。 業務の際は、あるべき姿を提示するだけではなく、事業者様の目線に立った価値提供を常に心がけております。 お客様のパートナーとして、事業の成長に貢献できるよう努めますので、よろしくお願いいたします。

M&Aで会社を買収した後、連結決算を見て驚く経営者は少なくありません。買収した子会社は黒字なのに、連結すると利益がほとんど残らない——その原因の多くは「のれん償却」です。

のれん償却は、買収前の段階で分かっていた費用です。しかし、買収を成立させることに意識が向いていると、買収後の利益への影響を十分にシミュレーションしないまま進めてしまうケースがあります。

さらに厄介なのは、会計上は費用として計上されるのに、税務上は損金にならないケースがあること。利益は減るのに税金は減らない——そんな状況が生まれます。

本記事では、のれん償却の仕組みと、PPA(取得原価の配分)が買収後の業績に与える影響について解説します。

のれんとは何か——買収額と純資産の差額

まず、のれんの正体を確認しておきましょう。

純資産5億円の会社を10億円で買収したとします。帳簿上の資産から負債を引いた「正味の財産」は5億円なのに、なぜ10億円も払うのか。

それは、帳簿に載っていない価値を買っているからです。長年かけて築いたブランド、蓄積された技術やノウハウ、優秀な従業員、取引先との信頼関係——こうした「目に見えない価値」が5億円分あると判断したから、10億円を払うわけです。

この差額5億円が「のれん」です。

会計上、のれんは資産として計上され、一定期間にわたって償却されます。日本の会計基準では20年以内で償却するルールですが、実務上は10年で償却する会社が多いです。

のれん償却が利益を圧迫するメカニズム

のれんが5億円、償却期間が10年の場合、毎年のれん償却費は5,000万円です。

ここで問題が生じます。

買収した会社の年間利益が5,000万円だったとしましょう。のれん償却費5,000万円を差し引くと、連結決算上の利益はゼロになります。

買収を検討する際、「買収した会社の利益がそのまま連結に加算される」と考えがちです。しかし実際には、のれん償却後の利益で考えなければ、買収後の業績予想を見誤ることになります。

のれん償却は買収時点で分かっている費用です。買収検討の初期段階で「のれん償却後の利益」をシミュレーションしておくことが重要です。

会計上ののれんは「損金」にならない

のれん償却には、もう一つ厄介な問題があります。

会計上は費用として計上されるのに、税務上は損金(税務上の経費)にならないケースがあるのです。

具体的には、株式譲渡で会社を買収した場合がこれに該当します。

株式譲渡では、親会社の個別決算には「子会社株式」が計上されるだけです。のれんは連結決算でのみ登場します。

連結決算はあくまで「グループ全体の成績表」であって、税務申告は親会社・子会社それぞれの個別決算で行います。つまり、連結上でのれん償却費を計上しても、税務申告には影響しないのです。

税務上のインパクト

のれん償却費5,000万円を計上すると、連結上の利益は5,000万円減ります。

しかし、税金計算上は「のれん償却がなかったもの」として扱われます。法人税等の実効税率を約30%とすると、本来なら1,500万円程度の節税効果があってもよさそうですが、株式譲渡の場合はこの節税効果がゼロです。

利益は減るのに税金は減らない——この非対称性は、のれんの金額が大きいほど影響が大きくなります。

税務上ののれん(資産調整勘定)が損金になるケース

一方で、のれん償却費が損金になるスキームもあります。

事業譲渡吸収合併など、資産・負債を直接引き継ぐスキームでは、税務上「資産調整勘定」というものが発生します。

資産調整勘定は、税務上60ヶ月(5年)の定額償却で損金算入できます。

つまり、同じ会社・事業を買収するにしても、スキームによって税務上の扱いが大きく変わるのです。

スキーム別の比較

スキーム 会計上ののれん 税務上の損金算入
株式譲渡 連結決算で発生 不可(損金にならない)
事業譲渡 個別決算で発生 (5年で損金算入)
吸収合併 個別決算で発生 (5年で損金算入)

PPAとは何か——無形資産の識別

ここで、もう一つ押さえておくべき概念があります。PPA(Purchase Price Allocation:取得原価の配分)です。

PPAとは、買収価格を取得した資産・負債に配分する会計処理のことです。上場企業がM&Aをすると、監査法人からPPAの実施を求められます。

従来は「買収額と純資産の差額=全部のれん」とシンプルに計算していました。しかし現在の会計基準では、のれんの中に含まれる「識別できる無形資産」を別途認識することが求められています。

たとえば、以下のようなものが無形資産として識別されます。

  • 顧客関連資産(顧客リスト、長期取引契約)
  • 技術関連資産(特許権、製造ノウハウ)
  • 商標権、ブランド

PPAを実施すると償却負担が増える

PPAを実施すると、のれんの一部が無形資産に振り分けられます。たとえば、当初のれん5億円だったものが、「顧客関連資産1億円+(狭義の)のれん4億円」になるイメージです。

無形資産を認識すると、繰延税金負債が発生するため、結果として「のれん+無形資産」の合計額がPPA前より増えてしまうことがあります。

日本の会計基準では、のれんも無形資産も償却対象です。PPAを実施した結果、毎期の償却費負担が当初の想定より重くなることがあるため、買収検討段階での織り込みが重要です。

のれんの減損リスクという時限爆弾

のれんには、もう一つ大きなリスクがあります。「減損」です。

日本の会計基準では、のれんの価値が著しく低下した兆候がある場合、減損テストを実施する必要があります。

減損テストの結果、のれんの回収可能価額が帳簿価額を下回っていれば、その差額を減損損失として一括計上しなければなりません。

たとえば、のれん残高4億円の会社で減損テストを行い、回収可能価額が1億円と判定されれば、3億円の減損損失を計上することになります。

減損が起きる主な原因

  • デューデリジェンス(DD)の不足:買収前に対象会社のリスクを十分に把握できていなかった
  • PMI(買収後統合)の失敗:買収後に期待していたシナジーが実現しなかった
  • 外部環境の変化:市場の縮小、競合の台頭など

特にDDの不足は致命的です。「高値づかみ」をしてしまうと、いくらPMIを頑張っても減損を避けられないことがあります。

まとめ

M&Aを検討する際、多くの経営者は「いくらで買うか」に意識が集中しがちです。しかし、買収後の業績に大きな影響を与えるのは「のれん償却」です。

のれん償却後の利益がどうなるか、税務上のれんが損金になるスキームかどうか——この2点を、買収検討の初期段階でシミュレーションしておくことが重要です。

また、PPAの実施により、当初想定よりも償却負担が増えるケースがあること、のれんには減損リスクという時限爆弾があることも忘れてはなりません。

当事務所では、公認会計士・税理士がM&Aの買収スキーム選択から、のれん・PPAのシミュレーションまで一貫してサポートしています。「会社を買収したいが、買収後の利益がどうなるか不安」という方は、お気軽にご相談ください。

下木原 誠
 編集:下木原 誠
 公認会計士、税理士、中小企業診断士、社会保険労務士、応用情報技術者

私はこれまでIT系事業会社の経理として連結決算や単体決算、コンサルティングファームのコンサルタントとして会計アドバイザリー、公認会計士として金商法・会社法監査といった、会計に関わる業務に従事してきました。 業務の際は、あるべき姿を提示するだけではなく、事業者様の目線に立った価値提供を常に心がけております。 お客様のパートナーとして、事業の成長に貢献できるよう努めますので、よろしくお願いいたします。

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