会社を売っても借金が残る?M&Aで個人保証を確実に外すための交渉術
「会社を売れば、銀行への個人保証も当然なくなりますよね?」
M&Aを検討している経営者から、よくこう聞かれます。
残念ながら、答えは「自動的には外れません」です。
会社を売却しても、あなたが銀行と結んだ連帯保証契約は自動的には消えません。きちんと手続きを踏まないと、会社を手放した後も借金の保証人のまま、という事態になりかねないのです。
実際、2024年にはM&A後に個人保証が解除されず、元経営者が自己破産に追い込まれるケースが相次ぎ、社会問題になりました。
本記事では、M&Aで個人保証を確実に外すための交渉術と、注意すべきポイントを解説します。
なぜ中小企業の経営者は個人保証を負っているのか
まず、そもそもなぜ個人保証が必要なのかを確認しておきましょう。
中小企業が銀行から融資を受ける際、会社の信用力だけでは足りないことがほとんどです。そこで、経営者個人が連帯保証人になることで、会社の信用を補完するわけです。
「会社が返せなくなったら、社長が個人財産で払ってくださいね」という約束。これが個人保証の正体です。
ある調査によると、中小企業の76%が「経営者の個人保証付き融資」を利用しています。ほとんどの中小企業経営者が、自宅や預金を担保に入れているようなものなのです。
根保証と特定保証の違い
個人保証には「根保証」と「特定保証」の2種類があります。
特定保証は、特定の借入れに対してのみ保証するもの。3,000万円の借入れなら、その3,000万円分だけの保証です。
根保証は、極度額の範囲内で、将来の借入れも含めて保証するもの。たとえば極度額5,000万円の根保証なら、今後発生する借入れも5,000万円まで自動的に保証することになります。
手形貸付や当座貸越では、根保証を求められることが多いです。M&Aの際は、自分がどちらの保証を負っているのか確認しておきましょう。
M&Aで個人保証は「自動的には」外れない
ここが最も重要なポイントです。
株式を売却しても、個人保証は自動的には外れません。
株式譲渡契約と連帯保証契約は、まったく別の契約だからです。
株式を買い手に渡し、会社の経営権が移っても、あなたと銀行の間の保証契約は存続しています。この保証を解除するには、銀行との間で別途手続きが必要なのです。
「買い手が保証を引き継いでくれるのでは?」と思うかもしれませんが、それも自動的には起こりません。
買い手が新たに保証人になるかどうかは、買い手と銀行の間の交渉次第。銀行が「新しい経営者の保証でOK」と認めれば旧経営者の保証は外れますが、そうでなければ旧経営者の保証が残ったままになります。
M&A後も個人保証が残るトラブル事例
「そんな怖いことが本当に起きるのか?」と思うかもしれません。
残念ながら、実際に起きています。
事例1:買い手が保証解除手続きをしない
ある経営者は、M&A仲介会社を通じて会社を売却しました。株式譲渡契約書には「買い手は速やかに個人保証を解除する」と書いてありましたが、クロージング後、買い手は一向に銀行との交渉を始めません。
問い合わせても「今やっている」「もう少し待ってくれ」と引き延ばされ、数ヶ月が経過。その間に会社の業績が悪化し、借入れの返済が滞り始めました。
結局、銀行から元経営者に保証履行の請求が届き、自宅を売却することになりました。
事例2:会社の資金を引き出されて倒産
さらに悪質なケースもあります。
買い手が会社を買収した後、会社の現金や売掛金を引き出し、計画的に倒産させるというものです。
会社が倒産すれば、銀行への返済は不能になります。そして、保証人である元経営者に請求がいく——。
元経営者は会社を売ったはずなのに、手元には売却代金と同額かそれ以上の借金が残ることになります。
中小M&Aガイドラインの改訂
こうしたトラブルの増加を受けて、中小企業庁は2024年8月に「中小M&Aガイドライン」を改訂しました。
M&A仲介会社に対して、買い手の信用調査を求めるとともに、悪質な買い手の情報を業界内で共有する仕組み(特定事業者リスト)が導入されています。
ただ、制度ができても、自分の身は自分で守る意識が大切です。
経営者保証ガイドラインと保証解除の3要件
M&Aとは別に、「経営者保証に関するガイドライン」という指針があります。これは、一定の条件を満たせば経営者保証を外すことができる、というものです。
ガイドラインでは、以下の3つの要件を満たすことが求められています。
要件①:法人と個人の資産分離
会社のお金と経営者個人のお金が、明確に分かれていること。
会社名義の車を私的に使っている、会社の経費で個人的な支出をしている——こうした状態では、保証解除は難しくなります。
要件②:財務基盤の強化
会社が十分な収益力・内部留保を持ち、経営者個人の資産に頼らなくても返済できる状態であること。
利益が安定している、自己資本比率が高い、といった財務体質が求められます。
要件③:経営の透明性確保
財務情報を正確に、タイムリーに金融機関に開示していること。
税理士や公認会計士による検証を受けた決算書を提出することで、透明性をアピールできます。
M&A「前」に保証を外しておくという選択肢
この3要件を満たせば、M&Aを実行する前に個人保証を外すことも可能です。
もし時間的な余裕があれば、M&Aの準備と並行して、銀行に保証解除の交渉を始めることを検討してください。
M&A前に保証が外れていれば、「保証が解除されるかどうか」という不安を抱えずに売却交渉に臨めます。
M&A交渉で個人保証を確実に外すための5つのポイント
では、M&Aの交渉において、個人保証を確実に外すためにはどうすればよいでしょうか。
ポイント①:株式譲渡契約書に「法的義務」として明記する
「買い手は、クロージング後速やかに、売り手の個人保証の解除手続きを行う」という条項を、努力義務ではなく法的義務として記載します。
さらに、「解除が完了するまでに売り手が保証履行を求められた場合、買い手が全額補償する」という条項も入れておくべきです。
ポイント②:売却代金の一部を保証解除まで留保する
これが最も実効性のある対策です。
たとえば、売却代金1億円のうち2,000万円を、個人保証が解除されるまでエスクロー(第三者預託)しておく。解除が完了したら、買い手に渡す。
こうすることで、買い手には「早く保証解除しないと、2,000万円がもらえない」というインセンティブが働きます。
ポイント③:クロージング前に金融機関と事前協議
可能であれば、M&Aのクロージング前に、銀行と「新経営者への保証の切り替え」について事前協議しておきます。
銀行が「新経営者なら保証を引き受けてもらえる」と事前に確認できれば、クロージング後の手続きがスムーズに進みます。
ポイント④:買い手の信用調査を怠らない
悪質な買い手は、最初から保証を解除するつもりがないことがあります。
買い手の財務状況、過去のM&A実績、業界での評判などを事前に調べておくことが重要です。
「この買い手は信用できるのか?」という視点を忘れないでください。M&A仲介会社に任せきりにせず、自分でも情報を集めましょう。
ポイント⑤:クロージング時に全額返済・新規借入というスキーム
最も確実な方法は、クロージング時に既存の借入れを全額返済し、旧経営者の保証を解除した上で、買い手が新規に借入れを行うというスキームです。
これなら、旧経営者の保証は確実に外れます。ただし、買い手にとっては資金負担が増えるため、交渉は難航することもあります。
保証が外れない場合の対処法
努力したものの、M&A後も個人保証が外れないケースはあり得ます。その場合の対処法も知っておきましょう。
残債の一部返済による解除交渉
借入残高の一部を自己資金で返済することで、保証解除に応じてもらえることがあります。
たとえば、残債5,000万円のうち2,000万円を返済すれば、残り3,000万円については保証を外す、といった交渉です。
担保提供による代替
個人保証の代わりに、不動産などの担保を提供することで、保証を外してもらう方法もあります。
廃業時の経営者保証ガイドライン活用
やむを得ず廃業・倒産する場合でも、経営者保証ガイドラインを活用することで、自己破産を回避できる可能性があります。
早期に廃業を決断し、ガイドラインに沿った債務整理を行えば、一定の資産(華美でない自宅を含む)を手元に残せる場合があります。
「どうにもならなくなった」と思う前に、ガイドラインに詳しい弁護士に相談することをお勧めします。
まとめ
M&Aで会社を売却しても、個人保証は自動的には外れません。
「売れば終わり」と安易に考えていると、会社を手放した後も借金を背負い続けることになりかねません。
個人保証の解除は、M&A成功の重要な条件の一つです。株式譲渡契約書への明記、売却代金の留保、金融機関との事前協議など、確実に保証を外すための交渉戦略を立てましょう。
当事務所では、公認会計士・社会保険労務士の資格を持つ代表が、M&Aの売却支援から個人保証の解除交渉まで一貫してサポートしています。「会社を売りたいが、借金のことが心配」という方は、お気軽にご相談ください。


